「最後の忠臣蔵(映画)」の版間の差分

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{{Cinema|制作=ワーナーブラザース|公開=2010|内蔵助=片岡仁左衛門|星=5|頃=}}[[画像:Seno-02.jpg|thumb|役者絵:役所広司]]
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{{Cinema|制作=ワーナーブラザース|公開=2010|内蔵助=片岡仁左衛門|星=5|頃=}}[[画像:saigo_panf.jpg|thumb|公開当時のパンフレット]]
  
脱盟者に焦点を当てた討ち入り事件の16年後の後日談。
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脱盟者に焦点を当てた討ち入り事件の16年後の後日談。
  
 
同じ原作でも[[最後の忠臣蔵|テレビ]]や[[最後の忠臣蔵(明治座)|舞台]]のように、諸国を回る[[寺坂吉右衛門]]中心の話ではなく、大石内蔵助から身ごもったおかるの面倒を見るよう密命を受けて脱退した[[瀬尾孫左衛門]]のおはなし。
 
同じ原作でも[[最後の忠臣蔵|テレビ]]や[[最後の忠臣蔵(明治座)|舞台]]のように、諸国を回る[[寺坂吉右衛門]]中心の話ではなく、大石内蔵助から身ごもったおかるの面倒を見るよう密命を受けて脱退した[[瀬尾孫左衛門]]のおはなし。
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美しく、丁寧で繊細で、やさしくきびしく、楽しいようでさみしく、でも、きっと幸せ。
 
美しく、丁寧で繊細で、やさしくきびしく、楽しいようでさみしく、でも、きっと幸せ。
  
実はつっこみどろこがいろいろあるのに、総合点が高いのでまったくオッケーというめずらしい傑作。
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全シーンが名場面。
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実はつっこみどころがいろいろあるのに、総合点が高いのでまったくオッケーというめずらしい傑作。
  
 
ずっと泣きっぱなしだったので目が炎症っぽくなり、劇場から事務所に帰ってきて乾燥してるんで、なんかヒリヒリする。
 
ずっと泣きっぱなしだったので目が炎症っぽくなり、劇場から事務所に帰ってきて乾燥してるんで、なんかヒリヒリする。
  
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この作品のどこが良かったかを細かく言い出すと、冒頭からエンドロールまで全部解説しなきゃいけないので「機会があったら見てみたらいかがでしょう」としか言いようがない。
  
この作品のどこが良かったかを細かく言い出すと、冒頭からエンドロールまで全部解説しなきゃいけないので「機会があったら見てみたらいかがでしょう」としか言いようがない。
 
  
 
ただ、本作は江戸時代を背景とした、現代ではまったく考えられない「価値観」を軸に話が展開するので、ここについていけないノリだと2時間以上を棒に振る。
 
ただ、本作は江戸時代を背景とした、現代ではまったく考えられない「価値観」を軸に話が展開するので、ここについていけないノリだと2時間以上を棒に振る。
  
  
女優アイドルグループbump.yの桜庭ななみちゃん(大健闘)はファンになりました。
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女優アイドルグループbump.yの桜庭ななみちゃん(大健闘。現:宮内ひとみ)はファンになりました。<small>(註01)</small>
  
  
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== ネタバレ「あそこがよかった」 ==
 
== ネタバレ「あそこがよかった」 ==
  
映画館で1番泣いたのは、寺坂のねぎらいをうけた瀬尾の体内から「なにか」重たいものがほ〜〜〜っと抜けていき、ほぼ似たタイミングで可音(かね)が「決意」をするシークエンス。
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初めてこの映画見たとき1番泣いたのは、寺坂のねぎらいをうけた瀬尾の体内から「なにか」重たいものがほ〜〜〜っと抜けていき、鬼になって使命を果さんとしていた孫左の顔が寺坂と血盟の友達の顔に戻るところ(役所広司の顔つきが変わる)と、ほぼ似たタイミングで可音(かね)が「決意」をする、連続したシークエンス。
 
 
知らないヒトがこの一節を読むと「それのどこが?」てウサンに思うでしょうが、この映画は役所広司のセリフの無いアップだけで泣かせます。マゴザ(瀬尾孫左衛門)の思いをスキャンしちゃうんですね、観客が。すると泣けてくる。
 
  
泣く場所はみんな違うと思います。花嫁行列に旧臣がどんどん加わるところで滂沱する友人もいた。あそこ、テレビ版でも好きなシーンだが、高まりますよねえ。1年ほどおいてブルーレイを見たら寺坂が花嫁行列を用意してくれるシーンでオワッとこみ上げてしゃくりあげてしまった。
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でも1年ほどおいてブルーレイを見たら寺坂が花嫁行列を用意してくれるシーンでオワッとこみ上げてしゃくりあげてしまった。
  
もう、そんな生理現象を青臭く語りたくなる不思議な作品なのです。
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もう、そんな生理現象を青臭く語りたくなる不思議な感動なのです。
  
  
構成もうまいってたってことなのかなあ。マゴザの可音との回想もね、お嫁入りの時じゃなく最後に持ってくるでしょ。あれがマゴザの愛なわけですよ。
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構成もうまくいってたってことなのかなあ。マゴザの可音との回想もね、お嫁入りの時じゃなく最後に持ってくるでしょ。あれがマゴザの愛なわけですよ。
  
 
そう、この映画にはいろんなひとの「愛」が描かれている、れっきとしたラブストーリーであり、チャンバラではありません。
 
そう、この映画にはいろんなひとの「愛」が描かれている、れっきとしたラブストーリーであり、チャンバラではありません。
  
忠義とか友情とかLOVEとか、'''いろんな言葉で表される「愛」'''がいろんなカタチでいろんなひとの中でふくらむ。どの愛も一筋ですごく熱いっ。それでいて作品自体はホッコリしている適温。
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忠義とか、友情とか、親子の情とか、LOVEとか、'''いろんな言葉で表される「愛」'''がいろんなカタチでいろんなひとの中でふくらむ。どの愛も一筋ですごく熱いっ。それでいて作品自体はホッコリしている適温。
  
  
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古い講談本の[[木村岡右衛門]]のエピソードにあるのだが、さっさと城を離れた人と討ち入りメンバーというのは立場が「同じではない」ようなんであります。
 
古い講談本の[[木村岡右衛門]]のエピソードにあるのだが、さっさと城を離れた人と討ち入りメンバーというのは立場が「同じではない」ようなんであります。
  
でも、それって講談本を読んだ、あたしの解釈であって、原作の池宮さんや杉田監督がどう考えてあのシーンを作ったかはわかりません。
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でも、それって講談本を読んだ、あたしの解釈であって、原作の池宮さんなのか脚本の田中陽造さんが、どう考えてあのシーンを作ったかはわかりません。
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<余談>
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余談だが、独りの男が使命を貫いた果てに、若いカップルの幸せの誕生を見て命を終わるというカタチが「レ・ミゼラブル」のジャン・バルジャンの人生を彷彿とさせた。本作を見ながら涙する時は、同じ脳波を出してるんだろうなと、レミゼの「エピローグ」を聴きながら思いましたものです。
  
  
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== つっこみどころ ==
 
== つっこみどころ ==
  
さすが「北の国から」の監督さん、人間を描く腕前は一級品なんだけど、細かいディティールをこだわらないひとなんです。
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杉田成道(すぎた しげみち)監督の興味深いところは、さすが「北の国から」の演出者で、言うまでもなく人間を描く腕前は天下一品なんですが、その繊細な仕事のいっぽうで、感情を伝えるのに不要な部分には、あまり頓着がないようにも見受けられる。
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たとえば、討ち入りの場面、吉良邸の庭にかかる石橋の欄干が軽くふらふら動いてても、特にCGで修正しようとしない(公開半年ほど前に映画は完成しているのに、である)。<small>(註02)</small>
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また、前述の墓場のシーンにしても、見切れてる墓石に「文政」とか「昭和」とか思いっきり書いてあったりする(笑)。
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あたしもくわしくないけど、もっと細かいことを言うと、「藩」という言葉は当時無いとか(明治時代から?)、人形浄瑠璃は当時は2人で操作してたとか…(本作の時代背景の16年後に三人遣いが始まったそうです)。
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でも本作は、そういうヲタっぽいことはほんとうに「どうでもいい」の。もっと優先すべき"全体"がまっとうされてるから。
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良質の映画は七難隠す。ピークエンド効果と言っていいかもしれない。
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註01…公開から16年。ごくインナーな上映会で監督は「自分で見て泣いちゃった。桜庭いいな。いまアレなかなか出来るのいないよ」と、マッチポンプ気味におっしゃってた。笑
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註02…監督ご自身にうかがう機会があったので聞いてみたら「揺れた!あっはっは!アレは全然知らなくて、公開のときに気がついて。今だったら簡単にCGでストップモーションにしちゃえばいいんだけど、当時は出来なかった。だーれも気が付かない。というのも編集ってこれくらいのやつ(小さいモニター)でやってんの。カメラマンも気が付かない。美術スタッフも指摘されたって言ってた」と、概略そうおっしゃっていた。
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おそらく、墓石に関しても同じ理由だったのかとお察しいたします。
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監督作品では「北の国から」で、ずっとご一緒だった田中邦衛さんの遺作となった。
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「奥さんと一緒にサポートしながらだったが、たった3行のセリフを覚えるのが大変だった」というおはなしを、監督からうかがった。そう言われてもまったく違和感は感じない、味わい深い演技でありました。
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製作総指揮:ウィリアム・アイアトン/脚本:田中陽造/監督:杉田成道
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画像:Seno-02.jpg|thumb|役者絵:役所広司
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画像:yugiri_yasuda.jpg|thumb|役者絵:安田成美
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画像:Kunie-syogen.jpg|thumb|役者絵:田中邦衛
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討ち入りの時に吉良邸の庭の石橋の欄干が軽くふらふら動いてても特にCGで修正しようとしないし(公開半年ほど前に映画は完成しているのに、である)。
 
  
前述の墓場のシーンに見切れてる墓石に「文政」とか「昭和」とか思いっきり書いてあってもお構いなし(笑)。
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画像:Scan-7.jpg|thumb|当時のインタビュー記事
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あたしもくわしくないけど、もっと細かいことを言うと、「藩」という言葉は当時無いとか(明治時代)、人形浄瑠璃は当時は2人で操作してたとか…(本作の時代背景の16年後に三人遣いが始まったそうです)。
 
  
でも本作は、そういうヲタっぽいことはほんとうに「どうでもいい」の。もっと優先すべき仕事がまっとうされてるから。
 
  
良質の映画は七難隠す。
 
  
 
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2026年3月10日 (火) 17:04時点における最新版

作品概要
制作会社 ワーナーブラザース
公開年度 2010年
内蔵助役 片岡仁左衛門
評価 5ツ星
公開当時のパンフレット


脱盟者に焦点を当てた討ち入り事件の16年後の後日談。

同じ原作でもテレビ舞台のように、諸国を回る寺坂吉右衛門中心の話ではなく、大石内蔵助から身ごもったおかるの面倒を見るよう密命を受けて脱退した瀬尾孫左衛門のおはなし。


監督がいい、音楽がいい。役者がいい。おはなしがいい。センスがいい。撮り方が良く画が綺麗。衣装もいい。

美しく、丁寧で繊細で、やさしくきびしく、楽しいようでさみしく、でも、きっと幸せ。

全シーンが名場面。

実はつっこみどころがいろいろあるのに、総合点が高いのでまったくオッケーというめずらしい傑作。

ずっと泣きっぱなしだったので目が炎症っぽくなり、劇場から事務所に帰ってきて乾燥してるんで、なんかヒリヒリする。

この作品のどこが良かったかを細かく言い出すと、冒頭からエンドロールまで全部解説しなきゃいけないので「機会があったら見てみたらいかがでしょう」としか言いようがない。


ただ、本作は江戸時代を背景とした、現代ではまったく考えられない「価値観」を軸に話が展開するので、ここについていけないノリだと2時間以上を棒に振る。


女優アイドルグループbump.yの桜庭ななみちゃん(大健闘。現:宮内ひとみ)はファンになりました。(註01)


ネタバレ「あそこがよかった」

初めてこの映画見たとき1番泣いたのは、寺坂のねぎらいをうけた瀬尾の体内から「なにか」重たいものがほ〜〜〜っと抜けていき、鬼になって使命を果さんとしていた孫左の顔が寺坂と血盟の友達の顔に戻るところ(役所広司の顔つきが変わる)と、ほぼ似たタイミングで可音(かね)が「決意」をする、連続したシークエンス。

でも1年ほどおいてブルーレイを見たら寺坂が花嫁行列を用意してくれるシーンでオワッとこみ上げてしゃくりあげてしまった。

もう、そんな生理現象を青臭く語りたくなる不思議な感動なのです。


構成もうまくいってたってことなのかなあ。マゴザの可音との回想もね、お嫁入りの時じゃなく最後に持ってくるでしょ。あれがマゴザの愛なわけですよ。

そう、この映画にはいろんなひとの「愛」が描かれている、れっきとしたラブストーリーであり、チャンバラではありません。

忠義とか、友情とか、親子の情とか、LOVEとか、いろんな言葉で表される「愛」がいろんなカタチでいろんなひとの中でふくらむ。どの愛も一筋ですごく熱いっ。それでいて作品自体はホッコリしている適温。


さて、本作を見た人がよく、墓場で旧臣の柴俊夫がマゴザに面罵し、暴力を振るうシーンに対して「義盟に加わらなかった男が、どの口で逐電した者を責めらりょう」と言うんだけど、私はこう見た。

古い講談本の木村岡右衛門のエピソードにあるのだが、さっさと城を離れた人と討ち入りメンバーというのは立場が「同じではない」ようなんであります。

でも、それって講談本を読んだ、あたしの解釈であって、原作の池宮さんなのか脚本の田中陽造さんが、どう考えてあのシーンを作ったかはわかりません。


<余談>

余談だが、独りの男が使命を貫いた果てに、若いカップルの幸せの誕生を見て命を終わるというカタチが「レ・ミゼラブル」のジャン・バルジャンの人生を彷彿とさせた。本作を見ながら涙する時は、同じ脳波を出してるんだろうなと、レミゼの「エピローグ」を聴きながら思いましたものです。


つっこみどころ

杉田成道(すぎた しげみち)監督の興味深いところは、さすが「北の国から」の演出者で、言うまでもなく人間を描く腕前は天下一品なんですが、その繊細な仕事のいっぽうで、感情を伝えるのに不要な部分には、あまり頓着がないようにも見受けられる。

たとえば、討ち入りの場面、吉良邸の庭にかかる石橋の欄干が軽くふらふら動いてても、特にCGで修正しようとしない(公開半年ほど前に映画は完成しているのに、である)。(註02)

また、前述の墓場のシーンにしても、見切れてる墓石に「文政」とか「昭和」とか思いっきり書いてあったりする(笑)。


あたしもくわしくないけど、もっと細かいことを言うと、「藩」という言葉は当時無いとか(明治時代から?)、人形浄瑠璃は当時は2人で操作してたとか…(本作の時代背景の16年後に三人遣いが始まったそうです)。

でも本作は、そういうヲタっぽいことはほんとうに「どうでもいい」の。もっと優先すべき"全体"がまっとうされてるから。

良質の映画は七難隠す。ピークエンド効果と言っていいかもしれない。



註01…公開から16年。ごくインナーな上映会で監督は「自分で見て泣いちゃった。桜庭いいな。いまアレなかなか出来るのいないよ」と、マッチポンプ気味におっしゃってた。笑


註02…監督ご自身にうかがう機会があったので聞いてみたら「揺れた!あっはっは!アレは全然知らなくて、公開のときに気がついて。今だったら簡単にCGでストップモーションにしちゃえばいいんだけど、当時は出来なかった。だーれも気が付かない。というのも編集ってこれくらいのやつ(小さいモニター)でやってんの。カメラマンも気が付かない。美術スタッフも指摘されたって言ってた」と、概略そうおっしゃっていた。

おそらく、墓石に関しても同じ理由だったのかとお察しいたします。


<余談>

監督作品では「北の国から」で、ずっとご一緒だった田中邦衛さんの遺作となった。

「奥さんと一緒にサポートしながらだったが、たった3行のセリフを覚えるのが大変だった」というおはなしを、監督からうかがった。そう言われてもまったく違和感は感じない、味わい深い演技でありました。


製作総指揮:ウィリアム・アイアトン/脚本:田中陽造/監督:杉田成道